【完全ガイド】性同一性障害FTM 戸籍変更の9ステップ

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治療開始から1年2ヶ月で性別変更まで済ませた当事者であるオレが、治療開始から戸籍変更までに実践した9のステップを全て詳しく紹介していきます。
これはあくまでも国内治療の1例であり、治療期間や術後経過等には個人差がかなりあるのは頭に入れておいて欲しいです。

 

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まずは基本的な治療の流れは下記のようになります。
これは国内での治療の流れであり海外で治療を希望する人はまた違ってきます。

「治療には色々な段階があります。」

基本的な流れは、日本精神神経学会の「性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン」に書かれています。

日本精神神経学会HPはこちら

 

■ステップ1 カミングアウト

カミングアウトしたらどうなる?

LGBTの当事者にとってカミングアウトとは、かなり悩んだり苦しんだりする事ではないでしょうか?

今の時代、理解者も増え、偏見も減少してきてるとは言えやはり、まだまだダークなイメージに思われがちでカミングアウトするのが怖かったり不安だったりする方がほとんどだと思います。

家族にカミングアウトしたらどうなるんだろう?

友達にカミングアウトしたらどうなるんだろう?

同僚にカミングアウトしたらどうなるんだろう?

会社にカミングアウトしたらどうなるんだろう?

オレもカミングアウトする前はこんな事が頭の中をグルグル回ってました。やっぱり怖かったです。

でもオレは元々の性格が、超面倒くさがりやだし超オープンな感じだったから隠すのが面倒になって一気にカミングアウトしました。

カミングアウトを決意した理由。

それは「別にオレは悪いことしてる訳じゃないし、誰かに迷惑を掛けている訳でもない。だから自分に自信持っていいんだ」って考え始めたからです。

「カミングアウトせずに自分を偽って生きて行く」のと「カミングアウトして誰かに見捨てられるかも」とを天秤にかけた時に、「誰かに見捨てられてもしょうがない。」と思えたんです。だってオレはオレですもん。

LGBT当事者だってことは紛れもない事実で・・・

自分らしく生きられない人生を一生送るなんてマジで意味ないと思ったからです。カミングアウトして思った事があります。「カミングアウトしても結構大丈夫じゃん」って事。自分自身がLGBT当事者であることをちゃんとを受け入れ、自分に自信を持ってカミングアウトすれば、案外すんなり受け入れてくれるものです。

カミングアウトされた人の心の中までは見えませんがあからさまに嫌な態度を取られる事はありませんでした。時にはあからさまに態度で示されることもあるでしょう。でもそれは仕方のないことなんです。

人それぞれ「価値観」や「倫理観」は全く違う。そんな中で万人に受け入れてもらおうとするのはある意味、相手に自分の意見を押し付けるって行為に成りかねませんからね。オレの場合はラッキーだったのかもしれませんが。

自分自身で受け止めてあげれてなければ相手にも分かってもらえません。

例え話ですが自社製品を営業している営業マンだと想像してみてください。
自社商品はもちろん「アナタ自身」です。自社商品に絶対的な自信がなければ自社商品(自分自身)のことをちゃんと胸張ってオススメできますか?
もし今現在できて居ない方はまずは自分自身がLGBT当事者であるとしっかり受け入れてあげましょう。

堂々とカミングアウトしてしまえば

何とかなるんです。どうしても受け入れてもらえなかったらその人が例え家族や親友であっても距離を置いたほうがいいと思います。後の事なんて、その時になって考えればいいんですよ!

カミングアウトしたからって死にませんから。カミングアウトを受け入れてもらえなくても自分自信がちゃんと認めてあげてれば道はちゃんと拓けてきます。もし迷っている方がいるのならば勇気を出して一歩踏み出して欲しいと思います。

■ステップ2 カウンセリング

治療の1番最初のスッテプが「カウンセリング」です。
ここでは、受けてきた身体的苦痛や精神的な悩み精神科の先生に相談します。また「自分史(生活史)」という、自分自身がどう生きて来てどう思ってきたかを紙に書き出し、それを先生に提出します。

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※医療機関によって違います。

カウンセリングでは、今後希望する性で生活していく上での事を詳しく話をして行きます。
※性同一性障害の診断と治療に、十分な理解と経験をもつ精神科医が診断にあたることが望ましいです。

なぜこのスッテプが必要なのかと言えばこの先、治療を進めて行くのに治療をする事で、QOLが下がらないか?本当に性同一性障害なのか?を精神科の先生が見て行くんです。

1度治療を開始してしまえばもう後戻りは出来ません。だからこそ、カウンセリングをして先生が、治療をしても大丈夫か確認するんです。ここで、先生が大丈夫と判断したら性同一性障害の診断書が発行されます。

ただしこれでカウンセリングは終わりでなくもう1人、別の精神科の先生に同じ様にカウンセリングをしてもらい診断書を出してもらう必要があります。2通揃ったら初めて次のステップに進む事が出来ます。

※カウンセリング前にホルモン治療や乳房摘出を先に初めてしまうことを『フライング』と言いますオレはフライングをしましたが途中からガイドラインに従い治療をしました。性別適合手術に関してはガイドラインに沿って治療していないと『性別判定会議』にかけることが出来ず行うことはできません。

このカウンセリングには個人差がありますが大体、半年~2年位掛かります。
ちなみにオレは、各先生1回ずつの診察で診断書がもらえました。それは、もう環境が整っていて性別を変更しても、今と変わらない生活が送れると判断されたからです。これが治療の第一スッテプ(カウンセリング)の概要になります。

 

■ステップ3 身体の性別の確定診断

カウンセリングと並行して産婦人科医による「身体の性別の確定診断」(オレの場合は体が女性であるかどうか)「染色体検査」を受けます。検査は内診と血液検査になります。
それが終わると下記のような産婦人科医の診断書や意見書等が発行されます。

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この2つのステップを経ると『性別判定会議』にかけることできます。性別判定会議で治療しても問題ないと判断されてホルモン治療に入って行きます。
※海外で手術をする場合は性別判定会議にかける必要がありません。

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※医療機関によって異なります。

 

■ステップ4 ホルモン治療

身体が男性の場合は女性ホルモンを身体が女性の場合には男性ホルモンを定期的に投与していきます。目的としては、「身体を心の性に近付けていく」です。

オレの場合、男性ホルモンである「エナルモンデポー」を2週間に1回250mlを投与していました。筋肉注射でお尻に投与していました。

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性別適合手術後は『ネビド』というホルモン剤を3ヶ月に1回打ち続けています。

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ホルモン治療(男性ホルモン)で現れてくる症状は様々ですが

・声がかすれる(低くなる)

・体毛が濃くなる

・陰核が大きくなる

・髪の毛が薄くなる

・体格が男らしくなる

・髭が生える

・生理が止まる

上記が主な症状だと言われています。

ホルモン治療3年目の髭

すね毛や腿の毛もかなり濃くなりました。

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髪の毛は細くなり量もかなり減りました・・・

治療前の写真

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現在の写真

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ここで気を付けてほしいのが1度でもホルモン注射をしてしまうともう2度と注射前の体には戻れないのです。

オレは、自分の判断でカウンセリングを受ける前にホルモン治療を開始していました。あくまでも自己判断で。やっぱりそれなりに男性ホルモンを投与する事によりリスクはあります。なのでオススメはしません!

あとは必ず定期的に血液検査を実施してもらって下さい。

せっかく心の性に近付けているのに体調を崩したら、元も子もないですからね。

基本的にはこれに沿って治療を進めていきます。治療の3番目のスッテプが乳腺切除、乳房切断(胸オペ)です。

■ステップ5 乳腺切除、乳房切断(胸オペ)

ホルモン治療がある程度進んだらいよいよ外科的治療に入っていきます。まずは乳腺切除or乳房切断をする方が多いです。この手術はいずれも「美容整形手術」に該当するのでホルモン治療の前に行われる方も結構います。美容整形手術なので保険適用外で自費での支払となります。

ここで問題になってくるのは

「国内」で手術するか?「海外」で手術するか?です。

国内は海外(主にタイ)に比べて平均1.5倍位の費用が掛かります。しかし、国内で手術を受ければアフターフォーローをしかっりしてくれるので安心です。
まれに、国内でもいい加減な手術をし患者さんを死亡させてしまった例が最近にもありましたので病院選びはかなり重要になってきます。

海外での手術は費用が日本に比べて断然安いのでコストを重視される方は海外で手術される方が多いのが現状です。しかし、術後何かあったら国内の病院に通院しなければいけません。

僕は「国内」でやるか「海外」でやるか悩みはしませんでした。手術を考え始めた頃から「国内」と決めていたからです。

人それぞれ考え方は違って当然なので「海外」を否定している訳じゃないんですよ。オレが迷わず「国内」を選んだ理由は

・ちゃんと自分の言葉で執刀医の先生と話し合いたかった

・手術のアフターフォーローの事を考えたら国内の方が安心だから

・知らない土地へ行って精神的ストレスを受けたくなかった

そんな感じです。

オレは国内では執刀事例が多くGID(性同一性障害)専門外来のある病院で手術を行いました。

 

「術式について」

基本的には2通りに分けられます。

①乳輪の下半分を切開し、そこから乳腺を取り出す術式

②胸の下部分を切開し乳腺を切除その後、余った皮膚の部分を切り離し縫合する術式

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①の場合は切開部分も少なく術後の傷も目立ちません。しかしこれは、元々胸が大きくない人が対象となります。

②は胸が元々大きかったり、胸を目立たなくするために長年「なべシャツ」というサポーターで押さえつけて胸が垂れてしまった人が対象となります。

オレの場合は元々胸が大きめだったし、長い間押さえつけていたので②の術式にて手術をしました。

手術後はがっちりとしたサポーターで数日間固定します。これは胸の中に体液や血液が溜まってしまわないようにと皮膚が早く癒着するようにだそうです。

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オレの場合はサポーターをしていても体液が溜まりやすい体質で、術後1か月位は週2回、体液を抜きに通院していました。

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これが初めてサポーターを外した時の写真です。

ご覧の通り、胸の下側をかなりの範囲で切除しました。それと同時に乳首の移植も行いました。乳首の移植には乳首が壊死してしまう事があるそうです。オレは無事にくっつきました。

現在はこんな感じです。(乳首が移植の為、乳輪はありません。乳輪は刺青で対応するそうです)

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術後、半年位は胸周辺の感覚がありません。
時間が経つにつれて感覚はだんだん戻ってきますがオレは胸オペをしてから約3年になりますがまだ完全に感覚が戻っていません。というか、これ以上戻らないと思います。

胸オペを終えて思った事は「胸がないって最高に幸せ」ってことです。今まではなるべく胸を目立たせなくするために押さえつけ、猫背で歩いていました。でもそれも手術する事で自信を持って、胸を張って歩けるようになりました。

■ステップ6 性別適合手術(SRS)

「性別適合手術(SRS)」下記の手術があります。

・子宮卵巣摘出術

・膣粘膜切除

・膣閉鎖術

・尿道延長術

・陰茎形成術

最低限、戸籍取扱い変更に必要となってくるのは子宮卵巣摘出術です。それ以降の手術に関しては自己判断でするかしないかは決めて行きます。

子宮卵巣摘出術は大きく3つの術式に分けられる

①開腹手術

②内視鏡手術

③膣式手術(膣の中から器具を入れ取り出す)

オレの場合は、仕事の関係上早く復帰をしなければいけなかったので1番体に負担の少ない③の膣式手術を選択しました。

この手術を行える医師は日本に1名しか居ないそうですオレは乳腺切除、乳房切断をしたクリニックにてその先生に執刀医をしてもらえました。

手術の流れ

前日に彼女(現在の妻)と名古屋入りし術後しばらく滞在するビジネスホテルに宿泊。前日に済ませておく事は下記です。

・爪切り

・21時以降の絶飲食、

・下の毛を全部剃る、

・浣腸をする

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1回目挑戦した時には上手く行かず肛門から大量出血しましたWマジで痛かったですよ(ノД`)・゜・。それでもなんとか完了。翌日に備えて睡眠薬を飲み就寝。この浣腸を手術当日の朝にも行い昼ちょっと前に病院に向かいました。

手術当日

朝7時にもう一回浣腸をして9時にタクシーで病院へ。病院についてすぐに手術着に着がえて点滴を開始。9時45分に手術室へ入る。麻酔科医の先生に全身麻酔をされてからの記憶は全くありません。
記憶が戻ったのは夕方位だった気がします。手術時間は3時間ちょっとだったらしいです。

手術直後

手術はそんな感じで無事に終わったけど、麻酔から覚めたその後はマジできつかったです。

まずは頭が朦朧として面会に来てくれた嫁さんともまともに話せなかったです。それに加えて下腹部がめちゃくちゃ痛む。一晩で3回痛み止めの点滴を追加してもらいました。吐き気も辛かったです。吐き気止めの点滴も2回追加してもらいました。その日の夜は浅い眠りにしかつけませんでした。上手く身動きが取れず腰とか首も朝になるころには物凄く痛かったっです。全身麻酔だったせいか、眠気っていうかフラフラ感も次の日の朝まで続きました。おっぱい取った時の麻酔は硬膜外麻酔だったので、すぐに麻酔は切れて意識もすぐにはっきりしてましたからね。やっぱり全身麻酔の威力は凄い。目が覚めて良かったとつくづく思いました。

手術2日目の朝、ゼリータイプの飲物をくれました。一気に飲み干しました。その後すぐに、お粥と味噌汁が出て来たんだけど全く食べれず・・・臭いだけで吐き気を催しました。無理して食べなくてもいいと言ってくれたので全部残しました。

食事が終わったら先生の回診。「問題ないよ」と言われて安心。背中に刺さったままの麻酔の針と尿道カテーテルを外せてもらえました。

退院に向けて点滴を吊るしてある台に捕まり歩行練習。自分でトイレに行く練習。もっと痛みが凄かったり、フラフラするのかと思ってたけど割とあっさりクリアーできました。という事で点滴も外れて病院からは退院する事に。

退院後

近所のビジネスホテルでの生活がスタートしました。

 ホテルの部屋まで看護師さんが付いてきて来てくれたので安心。嫁さんが仕事を終わらせて夜来てくれたから良かったけど、ビジネスホテルでの生活ではなんやかんやハプニングの連続でした。

まずは食べる事を生き甲斐としていた位のメタボリックなオレが

全く食べられない・・・

食べ物の臭いを嗅いだだけで吐き気がする・・・

主食はゼリー・・・これだけは食べれたってより飲めました。

次に発熱。
微熱だったけど頭痛が酷かったから念のため病院に行って治療をしてもらった。どうやらホルモンバランスの崩れが原因だった(規則的に注射していた男性ホルモンを手術の為に1か間打っていなかったから男性ホルモン値が下がりきっていた)ので、男性ホルモンの注射を打ってもらい、抗生物質を変更してもらったら良くなりました。

次に下腹部痛。これは自分で座薬を何本もぶち込んだ。お蔭様で座薬の挿入がかなり上手になりました(笑)

一番苦しかったのが人生初の便秘だった。出そうなのに出ない。お腹がどんどんパンパンになって行く。病院でもらった軽い下剤を飲んでも出ず、早朝から営業している薬局に浣腸を買いに行き、やっと出ました。そもそも水分かゼリー状のものしか口にしていないので液体気味だったけど出た事で一気に楽になりました。

ホテルで苦しんで感じた事はとにかくここの病院の先生も看護師さんもとても患者思いである。24時間電話で看護師さんが相談に乗ってくれて、その後に先生から現状の様子を聞く為に直接電話が来る。看護師さんならあるかもだけど先生までこまめに連絡をくれます。

本当ならば10日間名古屋に滞在しなくちゃいけないんだけど、回復も順調だったし、何よりホテル住まいが耐えられなくなり、先生にめちゃくちゃお願いして、特別に術後3日目に帰宅させてもらいました。(安静の約束で。あとは本院が自宅の近くにあるので。)

やっぱり自宅が1番。リラックスできますね。

がしかし、自宅に戻ってからが大変だった。腹痛や熱がずっと続き、結局東京の本院に通う事に・・・。

お腹の中に何かの液体が溜まっていて炎症を起こしていたらしく、検査と点滴の毎日。それでも改善されず、2回目の手術。これでダメなら開腹手術の可能性もあるとか・・・。全部で5針縫い合わせてあるんだけど、そのうちの2針を外し、そこから溜まった液体を出そうという作戦らしいです。簡単な手術だったので麻酔なしでやったんだけど、今まで生きてきた中で一番って言っていい程の激痛。叫ぶのを抑えるのに必死でした。多分産まれて初めて痛さで足がガクガクしました・・・。

そんな状態だったから自宅に戻ってからもしばらくの間は1日2回位は先生から電話とかメールがきて状態の確認とアドバイスをくれました。体調が落ち着くまでに3週間位かかった。出血は1か月位続きました。

■ステップ7 名前の変更

ホルモン治療がある程度進んで行くと身体が男性化していきます。
その中で出てくる問題としては「身体が男性化しているのに名前が女の子」っていう事だと思います。

オレ自身は生まれた時から「しのぶ」だったので身分証明書を出さなきゃいけない場面や何か書類を提出しなきゃいけない場面以外はあまり困らなかったのですが、例えば名前が「○○子」とか「○○美」という人は本当に嫌な思いをする場面が多いと思います。そしてめんどくさい思いも沢山すると思います。

オレはまず、病院がめんどくさかったです。保険証を出しても「ご本人様はどこにいらっしゃいますか?」って言われる事はしょっちゅうだし、いちいち説明する度に嫌な気分になりました。あとはパスポートを作りに行った時には係り員の方が迷わず性別の男の方に○をつけて最後に「一応戸籍上は女です」と説明したりしました。

これが「○○子」とか「○○美」さんだったら本当に辛いと思います。

名前の変更は家庭裁判所に申し立てをすれば可能です。

オレは「しのぶ」から「忍」に変更しました。この、申し立ての際に提出した書類は

・名前変更の申し立て書(裁判所のHPにてダウンロード可)

申し立て書のダウンロード
東京家庭裁判所HP

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・今まで、通称名「忍」として生活してきた証拠(オレは年賀状とか、給与明細とか、名刺とかを提出しました。)

・性同一性障害の診断書

・手術証明書(僕の場合は性別変更の手続きと同時に行った為)

です。

申し立て書には氏名を変更したい理由を記載する部分があるので「性同一性障害の治療により、外見と名前が不釣合いになり混乱を招く為」みたいな事を書きました。大体1週間位で裁判所から通知が来て正式に名前が「しのぶ」から「忍」に変更されました。この通知がきたら役所等で手続きして保険証、年金手帳、免許証、住民票などの記載が全て変更できます。

 

■ステップ8 戸籍上の性別の取扱い変更の手続き

性別適合手術か終了するといよいよ戸籍上の性別の取扱い変更の手続きができます。こちらの手続きも名前の変更手続きと同じく家庭裁判所に申し立てをします。

必要な書類書類は?

・性別の取扱いの変更(裁判所のHPにてダウンロード可)

申し立て書のダウンロード
東京家庭裁判所HP

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・診断書と意見書

・手術証明書

・すべての戸籍(除籍,改製原戸籍)謄本(全部事項証明書)

です。

家庭裁判所に上記書類を提出し、裁判所の方と、今までの経緯これからの事など、15分位話をしました。これで手続きは完了し、後は判決が下り次第自宅に書類が送られてくるとの事でした。約2週間後、自宅に無事書類が届きました。

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ホルモン治療を開始してから1年。異例の速さですがこれで晴れて、法律上で男として認められました。この時の感動は今でもこれからも忘れる事はないと思います。やっと本当の自分が認められた。この書類見つめながら号泣した覚えがあります。多分これは当事者でなければ分からない事ですが本当に肩にずっと乗っていた大きな石がすっと無くなったように、体も心も軽くなり生きて行く希望をより強いものにしてくれました。

■ステップ9 戸籍変更後に必要な手続きは?

オレが実際に行った手続きは

・保険証の氏名及び性別変更手続き

・免許証の氏名及び性別変更手続き

・銀行口座の氏名変更及び性別変更手続き

・生命保険の氏名変更及び性別変更手続き

・自動車の名義変更手続き

・自動車保険の名義変更手続き

です。

要するに、変更前に契約したり、発行されたものは全て対象になります。

必要書類は様々でしたが、

・変更された住民票

・新しく作成された戸籍謄本

以上2点があったら手続きは大体できます。
なので、性別変更後は、ある程度まとめて住民票と戸籍謄本を準備しておいた方がいいと思います。オレはその都度取り寄せていたのですが本籍と現住所が違う場合は非常にめんどくさいので、まとめて準備しておいた方が楽ですよ。そんな感じで手続きをすると氏名と性別が変更された新しいものが発行されます。

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例えば上記は戸籍が女性の時と変更後の男性に変更された後の保険証です。なかなかこの2枚を同時に所持できるってないですよね(笑)なんかこの保険証見て、しばらくニヤニヤしていた事を思い出します。性別変更後の手続きはこんな感じで終了しました。これで何の躊躇もなく、身分証明書を提示できるようになりました。ホント提出しなきゃいけない度にめんどくさかったし嫌な思いもしましたからね。

■まとめ

以上9つのステップを読んで頂ければ戸籍変更までの流れが分かると思います。ただ、ここで勘違いして欲しくないのはオレは治療推進派ではないのです。
このステップを読んでわかるように、治療には沢山のリスクが伴ってくるし、男性になっても問題なく生活して行ける環境を自分自身で切り開いて行かなくてはならないです。
そこまで覚悟した上で治療を始めることをしていって欲しいと思っています。

 

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3 件のコメント

  • FTMの裕也(23)です!
    上から下まで全部読ませてもらいました!w
    俺はまだ診断書を貰うため奮闘中の身ですが、将来的には戸籍変更まで考えています!
    手術や戸籍変更をする時がきたら、今回の記事を参考にさせてもらいますね!
    すごくわかりやすくて助かりました、ありがとうございました!

    • コメントありがとーございます!
      お役にだて何よりです(*´∀`)♪

      また、分からないことがあれば聞いて下さいませ~♪

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    ABOUTこの記事をかいた人

    1977年8月12日生まれ。性同一性障害の当事者で35歳まで女性として生きる。2013年に戸籍を男性に変更。現在はカウンセラー、コーチ、 トレーナーとして活動中 。