その言葉は本当に相手のためになっているのか?

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今回は自戒の意味も込めて。

人は自分が出来るようになってしまうと
出来なかった時の自分が感じたことを
忘れがちになっていないだろうか?
ってことについて。


例えば行動出来なくて立ち止まってる
人が目の前に居る。

そして自分も以前に行動出来なくて
悩んだ経験があってそれを克服して
行動出来るようになったとして
その目の前の人に行動出来るように
なって欲しいと思った時にどんな
投げ掛けをするだろう?

例えば精神的に闇に陥ってしまって居る
人が目の前に居て

自分も過去に精神的に闇に陥っていた
経験があって、それを何とか抜け出して
前向きになったとして
その目の前の人に対してどんなことを
言ってあげるだろう?

オレを含めてだけど
多くの人がしてしまいがちなのが
「何で行動しないの?やろうよ」
「いつまで闇に居るの?覚悟決めようよ!」
という投げ掛けなんじゃないかな?

これは相手を責めたい訳じゃなくて
良くなって欲しいってしたこと。

でも本当に今目の前の人に必要なのは
この投げ掛けだったんだろうか?
その人は背中を押して欲しかったん
だろうか?

自分が同じ状態の時にそうしてくれることで、
前に進めたんだろうか?
闇から抜け出せたんだろうか?

そう掘り下げて行くと

そう言えば
「大丈夫だよ!自分もそうだったからさ。◯◯してみたら出来るようになったよ」
だったり
「大丈夫だよ!自分もそうだったからさ。◯◯してみたら気持ちが楽になったよ」
って言葉に安心感と勇気をもらった
経験はなかっただろうか?

オレは今でこそ背中を押してくれたり
叱咤激励をしてくれることで
やる気が出たり頑張ろうって思えたり
するけど、まだこれからって時には
後者の言葉に救われた。

だから目の前の人が今どんな状況に居て
どんな言葉に励まされ前に進んで行ける
のか、今どんな言葉に傷ついてさらに悪化を招く状況に居るのか
ちゃんと知らなければいけないと思う。

ちゃんと知った上で自分の時はどうした
だろうと思い出してみることがまずは
必要なんじゃないかな?

多くの人は自分が乗り越えた後には
過去の自分目線ではなく、
現在の目線で話をしてしまう。

目の前の人に良くなって欲しいっていう
気持ちは同じなのに、
上から目線になったり、無理矢理だったりしないだろうか?

過去の自分の目線まで戻ってみるのも
必要だと改めて感じた。

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ABOUTこの記事をかいた人

1977年8月12日生まれ。性同一性障害の当事者で35歳まで女性として生きる。2013年に戸籍を男性に変更。現在はカウンセラー、コーチ、 トレーナーとして活動中 。